ラジロースタイル

40歳でサラリーマンからFPとしてフリーランスに。自閉症スペクトラムの子育てと独居父親の介護とダブルケアを実践中。四十にして惑わずをモットーに、いろなことにチャレンジしたいおじさんです。

自宅で親を看取って良かったかどうか考えたら「良かった」なんです

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みなさんこんにちは。

 

本日は、母と義父を自宅介護して看取ったことについて感想を述べます。

 

結論は「自宅で看取って良かった」

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1.母の看取りについて

母が末期ガンで寝たきり状態になったのは、母が57歳、私が23歳のとき。私の家族構成は父と母、そして兄1人の4人家族。兄は一人暮らしをしていたので、実質は私と父の男2人で母の介護をしていました。

介護の大変さもありましたが(大変だったことは後日書いていきたいと思います)、いよいよ母が危ないという日に祖父母や母の兄弟いとこに連絡を入れて、みんなが集まって最後を看取ることができました。

最後にみんなに会うことができて、母もとても喜んだことと思います(苦しそうに息をして意識は無かったかもしれませんが)。母が寝たきりになり亡くなるまでの1年間、在宅介護はとても大変でしたが、みんなで最期を看取ることができた、それだけで大変さが報われたと思います。

 

 

2.義父の看取りについて

母が亡くなった後、私は結婚して妻の実家に2世帯住宅を建て、1階に義父母、2階に私たちが住んでいました。義父はガンを患い通院治療をしていました。ある日検査のため病院に入院しますが、容体が急変し意思疎通が困難な寝たきり状態になってしまいました。急変の原因は脳への転移です。

歩いて病院へ行って入院したのに突然容体が悪化し寝たきり状態になってしまい、また脳への転移から「1か月もつかどうかもわからない」と主治医の突然の余命宣告でした。

妻の姉妹と義母と話し合い、義父を自宅介護することとしました。病院の看護師や医師が忙しいのは重々承知していますが、容体悪化の後、義父が病室でほったらかされているような感覚が私たち家族にはありました。また、妻とその姉妹も医療関係者であったので、自宅で看取るということは自然な選択であったかもしれません。

義父の自宅介護を始めて2か月ほどたち、クリスマスが近づいたころ、孫も全員集まって義父のベッドの前でみんなでクリスマスパーティーをしました。そして義父はその日の夜中に静かに息を引き取ったのです。

義父が無くなる前夜に孫が全員集まって義父に声をかけることができました。寝たきりで意思疎通ができなくても、義父はとても喜んだことでしょう。

また、元気だった義父が闘病をして自宅介護の末に息を引き取ったというこの2か月は、私の子供たちにも大変貴重な経験をする機会になったはずです。

 

 

3.自宅で介護をして看取るということ

私が母を看取ったときは、母は寝たきりでも背もたれをつくると座ることはでき、会話も食事も摂ることができました。自由に動くことはできないけど、いつもの母が自宅にいるという安心感がありました。そのため、男2人(介護保険が始まったころでサービスも利用しながらですが)でもなんとかやっていけたと思います。

また義父の介護でも、2世帯住宅で妻とその姉妹も医療関係者であったことから、みんなで自宅介護と看取りという選択ができました。

自宅介護そして看取りをすることは、大変なことです。しかし、言い方は悪いかもしれませんが、「終わりよければすべて良し」なのです。
亡くなった本人が最後に幸せを感じることができたら、亡くなった後残された遺族は悲しみを引きずるという感覚がない。

本人が自宅に帰りたいと希望するのであれば、病院の相談員や家族で話し合って本人の最後の希望をかなえてあげる方法を考え実行することは、大変だけど終わってみたら悔いのない充実感でいっぱいでした。

 

今日のまとめ

「在宅介護は大変だけど、終わりよければすべてよし。本人の希望を最大限尊重してあげよう」

 

 

以上です。

 

本日もラジローのブログをご覧いただき、ありがとうございました。