ラジロースタイル

40歳でサラリーマンからFPとしてフリーランスに。自閉症スペクトラムの子育てと独居父親の介護とダブルケアを実践中。四十にして惑わずをモットーに、いろなことにチャレンジしたいおじさんです。

母が寝たきりになるまでについて

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みなさん、こんにちは。ラジローです。

 

今日母が寝たきりになったときのことについて詳細に書きたいと思います。

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あれは私が23歳の9月。

母は夕食を作っている時に突然腰が抜けたかのように、「ドスンッ」と尻もちをつきました。

 

包丁でトマトを切っているときで、ケガがなくて良かったねと言ったことを鮮明に覚えています。
その時母が訴えたことは、「足がしびれて動かない」ということでした。

 

後日病院へ行き診断の結果、足の骨にガンが転移した骨折でした。
その日から母は病院へ入院し、ベッド上での生活が始まりました。
医師からも「骨折の恐れがあるので歩かないように」との指示がありました。

 

母はベッドの上で「全然問題ないよ、ほら」と足を上げて見せました。
私は大学を卒業して就職1年目でした。仕事帰りに毎日お見舞いに行きました。
母は「早くお家に帰りたい」と話しました。
しかし、当時自宅には私と父の男のみ。父は空調設備会社の社長をしておりましたが、年明けから会社とトラブルがあり、会社から追い出されている状態でした。

 

本当に不幸な出来事が一気に起きた一年だったと思います。2人兄弟の兄も県外の会社を退職して実家近くのアパートに戻ってきているが、転職活動中。
父の収入も途絶え、私は就職1年目。

 

私は大学で社会福祉を学び福祉関係の職場に就職していました。自己決定権の尊重、アドボカシーの実現。私は父と兄と話し合い、「本人の希望を最大限尊重しよう」ということで在宅介護に踏み切ることにしました。

 

母55歳、私23歳の秋です。

 

ここで問題が発生します。母は55歳です。まだ介護保険が利用できる年齢ではありません。しかし、介護保険では2号被保険者である40歳以上64歳未満の方が介護保険サービスを利用できる「特定疾病」という制度があります。特定疾病の種類の中で「骨折を伴う骨粗しょう症」と「末期ガン」があります。

 

母の介護認定を申請し、要介護4の認定となりました。ベット上で座ることはできるが、移動の禁止というところがあったことが大きかったと思います。

 

介護ベッドのレンタル、訪問看護訪問介護、訪問入浴を利用していました。

 

年が明け母の病状が悪化するにつれ、ベッド上で座ることも難しくなりました。半年経過した頃には、ベッドを起こして背もたれにし、座ることがやっとでした。

 

10ヶ月経過する頃には、ベッドを起こしても寝たままという状態になってしましました。

 

以上が母が寝たきりになるまでの経過です。

 

私の母の場合は、急変して寝たきりになるというよりは、自宅で看ていて徐々に寝たきりになっていくという状況でした。

 

言い方は悪いかもしれませんが、徐々に寝たきりになったことで、混乱なく看取ることができたと思います。問題が一気に進むというよりは、少しずつ進んだことで、私たち家族も段階的に介護の方法について学んでいきました。

 

母は最初はオムツをつけるのを嫌がり自宅内を車イスで移動してなんとかトイレに行っていました(移動の禁止でもそこはさすがに父と私にオムツ交換されることは嫌だったと思います)。
それがかなわなくなりオムツを着けるようになり、ベッドに座って自分で食事を取っていたが寝たきりになって家族の介助で食事をする。

 

母がいきなり寝たきりになっていたら介護することも増えて男2人ではかなり難しかったと思います。

 

母は末期ガンで体のあちこちが痛かったと思いますが、私たちに負担をかけまいと気丈に振る舞っていました。おかげで、私たちも介護について少しずつ学んでいくことができたと思います。

 

 

本日もラジローのブログをご覧いただき、ありがとうございました。