ラジロースタイル

40歳FP。自閉症スペクトラムの子育てと独居父親の介護とダブルケアを実践中。四十にして惑わずをモットーに、いろなことにチャレンジしたいおじさんです。独立開業による老後に備え資産形成に力を入れています。

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今週のお題「海」から実家の父の介護リスクを思ふ

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今週のお題「海」

海の画像

海には良い思い出も悪い思い出もある

 

みなさんこんにちは、ラジローです。

 

今日は海と聞いて思い浮かんだことを語りたいと思います。

 

あれは私が3歳くらいの夏休みの時期、家族で母の実家に里帰りをしていたとき。
父は仕事で遅れてくることになり、私と兄と母の3人で最初は母の実家に行っていました。

 

いとこも含めてみんなで近くの海に遊びに行ったときに事件は起こりました。
私は海岸にいた細長い小さなヒトデを見て大泣きしてしまいました。
私は泣きながら「パーパー!!」と言っていたのを覚えています。

 

母は私に「パパに来てもらって(ヒトデを)やっつけてもらおうね」と言って、泣き止ませようとしました。私はそのときの母の困った顔を、早く父に助けに来てもらいたいという気持ちを、40歳になった今でもはっきりと強く覚えています。

おそらく細くてとげとげしたヒトデを得体の知れない恐怖の怪物と思い込んだことで、うろたえる母と父を嘱望する私の気持ちがフリーズドライのように脳にきざみこまれたのだと思います。これはPTSDいわゆるトラウマが記憶される状況と同じです。

 

ひるがえって今の父と私の関係を考えてみると、あのときの気持ちが悲しくなってきます。私の母は看取り介護の末亡くなりました。父はあれから15年間一人暮らし。父の自宅の近くに兄家族が住んでおりますが、嫁舅の関係はうまくいかず兄以外疎遠状態です。

問題は母亡き後、父が一人暮らしをしている状況です。もともと中小企業の社長をしていた父は家事育児は母に任せっきりでした。

母を介護しているときは私も実家住まいなので家事はなんとかなったですが、母亡き後私が結婚して家を出ると、実家の掃除が少しずつ手が行き届かなくなってきました。

それでも、盆や正月など母の仏前に手を合わせるために実家を訪れたときはできる範囲で片付けを行ってきました。

私の長女も小学生の時は「じいちゃん、じいちゃん」と父を慕っておりましたが、中学生にもなると埃だらけでトイレの掃除も行き届いていない実家に行きたがらないようになりました。

最近の父は風呂に入っていない様子で体も臭うようになり、私としても孫たちが行きたがらないから、なんとか掃除洗濯入浴はしっかりやってくれんかとお願いしているのですが、「大丈夫だよ」とこれ以上話しをするのを嫌がってしまいます。入浴が十分にできないようになると介護のリスクが高まるよ、と新聞記事など切り抜きを持っていって見せるのですが、経営者を続けてきた性分からか、人の助言を素直に聞こうとしません。地域包括支援センターにもつなげましたが、行かなくなりました。

あの日あの海で、父がいないことが恐怖で、戦隊ヒーローを待ち望むかのように父を求めていた私の気持ち。今となっては、母に先立たれなんとか一人暮らしを続けるも、少しずつ生活レベルが落ちていく父。父の身を案じあの手この手でサービスにつなごうとするも、なかなか進まず。体は比較的まだ元気、でも心=精神的な面で、元気に生活していこうという気の持ちようが下がってきているのです。

息子の自閉症スペクトラムと父の介護の問題に対して、これからどうしていこうか。改めて昨日の海の日に考えました。

まずは息子の小学校入学と特別支援学級へのつなぎを無事に通過し、父の問題に取り組んでみようと思います。

 

以上です。

本日もラジローのブログをご覧いただき、ありがとうございました。

 

 

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